数10年以上前、ストレートの球速150kmを越える投手は多くなく、豪速球投手と言われていました。変化球の種類も多くなくスィーパーに代表される新球種が認知されたのはここ数年だと思います。ストレートの球速のアップ、多彩な変化球の投球により投手のケガが増えたように思えます。MLB.comでは200人以上の専門家にインタビューを行いこれら投手のケガの増加について報告しています。
200人以上の属性は、元メジャー・リーグ投手、整形外科医、スポーツ医学医師、生体力学者、現役MLB投手コーチ、アスレチック・トレーナー、球団役員、フロントオフィス幹部、選手エージェント、独立系投手育成コーチ、アマチュア野球関係者です。
ケガに関する重要なポイント
調査の目標は、過去数十年にわたって増加している投手の負傷の根本原因を特定し、将来的に負傷を防ぐための解決策につながるアイデアを生み出すことです。
この調査でインタビューを受けた投手、コーチ、医療専門家の大多数は、投手のケガが増加している主要因として次のように分析しています。
投手はより速い球速を求める
2008 年に投球・トラッキングが導入されて以来、メジャー・リーグのストレートのみならず、他の球種の速度はますます上昇しています。この球速上昇は、同時期の投手のケガの増加と相関関係にあります。投手が球速を速くするために、強く投げると肘にかかるトルクとストレスが増加します。速球の上昇とともに、投球肘の尺側側副靭帯の再建手術トミー・ ジョン手術の数も増加しています。
速球だけではありません。IT技術が進化し投手の投球パフォーマンスの評価にあらゆる追跡技術が利用できるようになった今、すべての投球において「スタッフ」、つまりボールの速度、回転、動きを追い求めています。これもまた投手の腕にかかるストレスを増大させている可能性があります。
投手が全力で投げる。厄介な変化球を最大限の力で投げる。この2つの組合せが腕の負傷の原因として最も可能性が高いと認めています。
投手の負傷は過去20年間着実に増加
MLBは2023年秋にこの調査を委託しました。委託当時(2023年)から現在(2024年)まで、腕の重大な負傷によりマウンドに立つ機会を失ったスター投手のリストには、ジェイコブ・デグロム、スペンサー・ストライダー、シェーン・マクラナハン、シェーン・ビーバー、大谷翔平などのエース投手が含まれます。これらのビッグネームの負傷の事実は、投手の腕の怪我に対する意識を高めています。しかしこれはここ数年の急増ではなく長期的な傾向の一部に過ぎません。
10年以上前にこの問題を研究し始めたとき、投手の負傷の増加の主な原因とされたのは「使いすぎでした。」メジャー・リーグにたどりつく一流の投手たちは、学生時代から1年中投球を続け、腕に損傷を抱えたままプロ入していました。そこでMLB は USA Baseball と協力し、若手選手向けの「Pitch Smart」というガイドラインを導入しました。投手の1試合の球数制限、投手の分業制などが確立しています。これにより「使いすぎ」問題が解消できましたが、新たな問題が浮上しました。それが上記の球速の追求です。
春季トレーニング中に負傷が急増
最近の傾向として、シーズン中の投手のケガは横ばいまたは減少しているものの春季トレーニング中のケガが急増しています。その原因として考えられるのは投手のオフ・シーズンのトレーニングの変化、科学的な計測器を用いた技術の向上を求めた強化トレーニングがケガのリスクを高めているというものです。「シーズン終了後からオフ・シーズンのプログラムに移るのは、球速の上昇や変化球の向上を求めるからです。腕を休める暇などありません。オフシーズン中に投球を改良をしなければ、他の選手に抜かれてしまいます。」と元メジャー投手は述べています。
メジャー・リーグとアマチュア野球の連動
ある専門家は、メジャー・リーグからアマチュア野球への「トリクルダウン」効果を指摘しています。上記のようなメジャー・リーガーの潜在的なケガのリスク、つまり球速の向上と球質の改善に対する最大限の努力は、アマチュア(リトル・リーグ、高校生、大学生)の投手にも影響を及ぼしている可能性があるという事です。プロ・チームや大学チームは、アマチュア選手に投球速度を高めるよう奨励していますし、実際、時速95マイル以上を投げる投手は過去10年間で劇的に増加しています。
これによりユースや高校レベルでは投手のケガが増え深刻化しています。そしてドラフト指名される投手は手術を受けた経験のある投手が増えています。投手のアマチュア時代のケガの履歴がプロ野球入団後の怪我のリスクに大きく影響するというのが専門家の一致した見解です。投手のケガを減らすことを目的とした改革は、プロ・レベルとアマチュア・レベルの双方で重要です。
調査は始まりに過ぎない
投手の負傷に関する MLB レポートは、「任務完了」という声明ではありません。これは始まりに過ぎません。野球界の意見が一ヶ所に集まったことで、今後投手のケガ防止に向けた対話や行動の土台が整いました。報告書では一般的な解決策やさらなる研究分野も提案しています。
まず、プロは「投手が健康であり耐久性がある事に対する価値を高め反面、短期間で最大限の負荷を追求するトレーニングを減少させる」ためのルール変更の検討を提案しています。例えば、先発投手が試合の後半に出場することを奨励するルールなどです。(※1人の投手が先発、中継ぎ、抑えの複数の役割を担うということでしょうか。逆にケガの原因になる気もします。)
次に、アマチュア・レベルでの変更を推奨しています。プロのケガの原因を取り除く取り組みをピッチ・スマート・ガイドラインに組み込んだり、若い投手により多くの休息と回復時間を与える指導です。
報告書は次のような分野での追加研究を推奨しています。
・オフシーズンの投手トレーニングとシーズン初期の投手の負荷
・投手の試合外トレーニング
・バイオメカニクスと投球スタイル
・投手の疲労の測定
・日本のNPBや韓国のKBOなどの海外リーグにおける投手の負傷傾向と負傷管理
・アマチュア野球の負傷リスク要因
・米国のアマチュア選手と他国のアマチュア選手の負傷率
「メジャー・リーグはこれら研究と対策に時間と人員を投入している。」「MLBはケガの蔓延を理解し防止しようとしている。これは我々がこの問題に真剣に取り組んでいることを示すのに役立つと思う」とフライシグ氏は結んでいます。
(※このコラムはこちらの記事を参考にしました。)