イチロー氏がアメリカ野球殿堂入りを果たした場合、マリナーズのキャップをかぶった姿がプラークに描かれると予想されています。2012年から2017年まで在籍したヤンキースとマーリンズへの敬意から、ロゴは入れたくないと考えるかもしれません。しかしイチロー氏のMLBでのキャリアはマリナーズ時代が大部分を占めており、現在も会長特別補佐としてマリナーズに関わっているという実績からマリナーズを選択する判断をすると予想されます。
イチロー氏がマリナーズのロゴを選んだ場合、それはイチロー氏自身を祝うだけでなくマリナーズ球団を祝うことになります。2000年11月の獲得に至るまでマリナーズは1990年代から30年以上かけてストーリーを作り上げてきたからです。
MLB.comとのパネルインタビューでジム・コルボーン氏(1990年代マリナーズのスカウトになる前はオリックス・ブルーウェーブの投手コーチを務めていました)と28年間マリナーズの球団社長を務めたチャック・アームストロング氏はイチロー氏と契約した経緯について語りました。
アームストロング氏が当時任天堂の山内氏と直接会ったのは、1997年シーズン後に日本を訪問した時です。そのときイチロー氏とも面会しています。その際山内氏はマリナーズが野茂英雄氏と契約できなかったことが不満だったと発言しました。その野茂氏は1995年にドジャースに入団しナショナル・リーグの新人王に輝きました。
その後オリックス球団とのつながりを生かして、コルボーン氏はイチロー氏はじめとするオリックス2選手をマリナーズの春季トレーニングに招待するというアイデアを提案しました。それは1999年でイチロー氏がマリナーズに入団する2年前のことでした。
「(当時の監督)ルー・ピネラはイチロー氏に特に感銘を受けなかった。」「他の人がどう思ったかは分からないが試合に出るまでは彼のスキルを見極めるのは難しい。」とコルボーン氏は語りました。体調不良のため練習や試合は制限されましたが、それでもイチロー氏はこの経験を楽しみました。
イチロー氏は2シーズンオリックスでプレーし、MLBで通用する最初の日本人野手になる準備ができていることを証明する実績を積み上げました。そしてオリックスはフリー・エージェントになる1年前にポスティングを選択しました。
しかし新しいポスティング・システムに切り替わり一括入札の法式が採用され、最高額を提示したチームが独占交渉権を獲得することになりました。「だからこそ入札は極めて重要で、非常にドラマチックだった。」「イチロー氏を獲得できる保証はなかったからです。イチロー氏自身はマリナーズに来たがっていましたし、チームも仕事をやり遂げましたが交渉権を得られる保証はありません。」とコルボーン氏は語りました。
報道では、メッツ、ヤンキース、レッドソックスが候補に挙がっていましたがドジャースが有力と考えられていました。マリナーズは最終的に1,325万ドルで入札し交渉権を得ました。そして11月9日、フロリダ州アメリア島で行われたゼネラル・マネージャー会議でシアトルは30日以内にイチロー氏と契約できると伝えられました。オリックスに支払われたポスティング料を含めると合計2,725万ドル。有望ではあるが実績のない選手にとっては高額な投資です。
「我々はイチローが素晴らしい選手になるとは思っていたが、実際にMLBでやり遂げた成績は誰も予想していなかったと思う。」とハイド氏は語った。アームストロング氏も「それは本当だ。彼と契約していなかったら我々は失業していたかもしれない。」と笑いながら付け加えた。
イチロー氏が入団した当時マリナーズは強固な基盤を築いていました。シアトルの野球界を救った1995年に初めて地区優勝を果たしグリフィー、マルティネス、アレックス・ロドリゲス、ランディ・ジョンソンなどのスーパースターの登場により、シアトルでの野球への関心が高まっていました。そしてイチロー氏も入団とともに新しい時代を切り開き、球団の価値を上げ、野球界で最も愛される人物の一人となりました。
イチロー氏が2025年念願の殿堂入りを果たした時、その実績は正式に確固たるものとなるでしょう。そしてイチロー氏をシアトルに連れてくることに尽力した人々は実現したときの大きな感動を期待しています。
いよいよ明日2025年1月21日(アメリカ時間)にアメリカ野球殿堂入りにの発表があります。
(※このコラムはこちらの記事を参考にしました。)